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私がまだ幼かった頃、自分の感覚では、ほんのちょっと前にしかならないのに、実際はと言うと、40年も前の話になるのだから、ぶったまげてしまう。随分昔の話を持ち出すものだと、他人事のような気もするけれど、これは自分の事だから、その時間のあまりの速さに我ながら「ぶったまげてしまう」と言う事になるのダ。
その頃は、どの家にもテレビが無かったと思う。美しい絵本も無かった・・・・・・と思う。我家には、小さくて、腰が「く」じゃなくて「つ」の字に曲がり、地面をなめるようにして歩く涙もろいばあちゃんがいた。そのばあちゃんは、子どもの頃、子守をしていて、赤ちゃんをおんぶして学校へ行き、窓の外から黒板を見てカタカナだけ覚えたと言っていた。
夜、湯上がりに、ばあちゃんが時々読んでくれる本があった。「あんずとずしお」。ばあちゃんは確かにそう言っていた。ボロボロで表紙は無く、ばあちゃんの歯のように、所々ぺージがぬけ落ちていた。カタカナで書かれていたのだろう。カタカナしか読めないばあちゃんが読んでくれたのだから、きっとそうだと思う。水墨画のような絵もついていたと思う。その本がすばらしいから、子どもに読んであげたのではなく、その本しかなかったから、そうしただけのことだと思う。母親は「そんな悲しい本を読んでやることはない」と、ばあちゃんに言っていた。今日は、どの本を読もうかと探す必要もなく、読む方も、どの本にしようかと迷う事なく、くり返し、くり返し同じ本を読んでもらった。本は、その本1冊きりだったから。
テレビが無かったので、大人も子どもも、夜の時間がたっぷりあったのだろう。
ばあちゃんは、何回読んでも必ず同じ場面で泣く。岩城の住吉城のお殿様が朝廷へ謀反を企てたとして流罪となり、母子の逃亡生活が始まる。家来の中に裏切り者がいて、いつかえん罪を晴らしたいという旅である。ところが、旅の途中で出会った親切そうな男は、実は人買いで、母子は別々の舟に乗せられて母は佐渡へ、子ども達は丹波へ連れて行かれて、奴(奴隷) として、苛酷な労働を強いられることになる。父親のえん罪を晴らす為、姉の「あんず」が弟を逃がして、沼に身を沈め自らの命を絶つ所と、父の無実が証明されて弟の「ずしお」が住吉城の城主となり、佐渡へ行って母親を探し、再会する場面で必ず泣くのダ。5才か6才の私も涙をこぼして聞いている。母親はこれまた金太郎飴のように決まり文句で「そんな悲しい本を小さな子どもに読んでやることはないんだ」と涙声で言うのだ。何の事はない母親も、ばあちゃんの話に耳を傾けて涙をこぼしているのだった。
40 年経った今、どうした事か幼い日のばあちゃんの下手くそな「語り」が耳の奥に鮮やかによみがえり懐かしさとともに、満ち足りた思いが心いっぱいに広がるのは本当に不思議だ。ボロボロのみすぼらしい本は、その時、ばあちゃんの下手くそな「語り」で確かに生きていた。今でも私の心の中には「あんずとずしお」と、ばあちゃんが生きて存在している。
1冊の本は、それ自体ただの物でしかない。幼い子どもには、生きたお話しか伝わらないのだと思う。絵本が学力の向上につながるのでは…などと期待せず、40 年後、50年後に、心がふわ〜っと満たされて、ついウフフ…と、ほほえんでしまうようなうれしい思いにつなげられたら最高にステキだと思う。 豊かさって一体、なんなのでしょう。
40 年前に比べたら、それぞれの家には絵本があって、ほとんどの大人は上手に絵本が読めるのに、ゆったりとした気持ちで、子どもに絵本を読んであげる時間がない。こんなに豊かに物があふれ、便利な物に囲まれているのに、訳の分からない忙しさに追われて1日が終わる。これでいいのかと現状を肯定できない声が、どこからともなく聞こえて来て不安になってしまう。
1日の終わりに、子どもをひざにのせて1冊の絵本を読む。10 分か20 分の事である。お互いのぬくもりを感じながら同じ時を分かち合う。もしかすると、親も子もこんな一瞬が心豊かな時間と感じるのではないかと思う。子ども達が大きくなった時、幼い頃を振り返って、親が読んでくれた絵本を思い出し、ついウフフとほほえんでしまうかもしれない。40 年、50 年先の話だけれど、そんな事を考えるとワクワクしてくる。
先日、本屋さんの児童書コーナーで、びっくりする出合いがあった。なんと「あんずとずしお」が、そこにあったのだ。よくみると「あんずとずしお」は「安寿と厨子王」だったと言う事を、はじめて知った次第。まさに40 年後のウフフ… …である。今、私は、いつか、ばあちゃんの、下手くそな「語り」を越える日が来るのを夢みて、本屋さんの児童書コーナーで、お話おばさんに励んでいます。 |