協同組合人物略伝 【国内
 
奥谷松治おくたにまつじ
1903年(明36)2月15日,兵庫県氷上郡市島町(旧鴨庄村)に生まれた。義務教育を終え,自家農業,酒造出稼ぎ,軍隊入営を経て,1926年(大15)23歳で上京,当時農村青年に影響を与えていた農民自治会の運動に参加し,石川三四郎らから無政府主義思想の影響を受けた。のち,昭和の消費組合運動の指導者・岡本利吉(別項)の主宰する農村青年共働学校(静岡県裾野町に設けられた協同組合運動の指導者養成を目的とした私立学校)に学び,卒業すると1930年(昭5)から数年間,関東消費組合連盟傘下の単位消費組合に常勤職員として勤務した。当時多くの左翼的消費組合は政府の弾圧と経営難からその活動が困難になっていた。彼は北部消費組合を最後に消費組合の現場活動から離れ,1934年(昭9)以降,刻苦勉励して協同組合の調査・研究に従事,篤学の協同組合研究者として戦前・戦後を通じて多くの著書・論文を発表した。戦時中はさまざまな職業に従事したり,一時失職したりして,生活の苦労をなめた。戦後1947年(昭22)農林省開拓研究所(のち農業技術研究所となる)に入って,初めて安定したかたちで研究活動に従事できるようになり,研究分野も広がって農業簿記にまで及んだ。1962年(昭37),学位論文「明治農政史研究」によって東京大学より農学博士の学位を受けた。1968年(昭43)農業技術研究所退職後は,一時暁星商業短期大学(新潟県加茂市)の教授となり,従前からの全国漁業協同組合学校講師にはひきつづき従事したほか,生協運動,日中友好協会などに参加・協力した。彼は実証的学風で民衆の立場から体制批判的な協同組合理論を展開し,とりわけ協同組合史家として大きな役割を果たした。その著書は多数にのぼるが,とくに重要なものは『日本農業協同組合史』『改訂増補・日本生活協同組合史』『改訂・近代日本農政史論』。1978年(昭53)6月4日没。(新井義雄)


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