協同組合人物略伝 【国内
 
岡本英太郎おかもとえいたろう
1871年(明4)9月3日,大阪府吹田市山田小川(旧三島郡山田村山田川)に生まれた。1898年(明31)東京帝国大学法科大学を卒業して農商務省に入り,山林・商工・商務の各局長を歴任して農務局長となる。そして1921年(大10)ジュネーブにおける国際労働会議には政府代表として出席し,翌年農商務次官となった。当時は第1次世界大戦後の農村不況がつづき,その救済振興の一策として〈産業組合中央金庫法〉が1923年(大12)の第49回帝国議会で成立し産業組合中央金庫(産組中金)の設立をみた。その設立委員会で,委員長の彼は常に志村源太郎(別項)委員(当時産業組合中央会会頭)の意見をいれて設立に協力した。そして荒井賢太郎農商務大臣の推薦によって,彼は初代の産組中金理事長になったのちも,やはり監事となった志村の意見を聞いて運営に当たった。また,日本勧業銀行で産業組合関係の衝に当たった三輪竜揚(別項)を理事のひとりに推して預金,貸付の業務にあてるなど,その晩年を産組中金創設期の体制確立にささげた。1953年(昭和28)5月16日没。(小平権一)


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