| 1870年(明3)6月20日,愛媛県松山市(旧温泉郡石井村)の中地主の長男として生まれた。1899年(明32)東京帝国大学農科大学実科を卒業し,帝国農会の前身である全国農事会に入ったが,1年余で帰郷した。郷里の郡農会の技師をふりだしに,1905年(明38)愛媛県農会に転じ,1921年(大10)には帝国農会幹事に就任し,1936年(昭11)に退職。郷里石井村に帰り村長,県食糧公団理事長,県農地委員を歴任した。愛媛県農会時代,住友四阪島煙害問題で農民の先頭に立ち数年にわたり住友財閥と闘い,その解決に当たったことは有名である。1924〜27年(大13〜昭2)まで現職のまま農民に推されて代議士となり,農政問題で活躍した。帝国農会幹事としては多彩な農政運動のほか農民の啓蒙,指導に精力的に活動した。一方,簿記によるわが国初めての組織的な米生産費調査を実施し,農業経営改善調査事業や農村基本調査など各種調査事業の企画指導に当たり,多くの人材を養成した。自作農主義に立つ徹底した家族小農主義者で,著書に『農業経営と農政』『農村更生の原理と計画』『農業経営の再検討』『われらの農業協同組合』などがある。また論文をまとめた『岡田温撰集』3巻が出ている。1949年(昭24)7月26日没。(石橋幸雄) |