協同組合人物略伝 【国内
 
小川貞一おがわていいち
1882年(明15)1月19日,鳥取県東伯郡赤碕町の山崎家に生まれ,親族に当たる倉吉市の小川家の養子となり酒造業を継いだ。1919年(大8)県会議員となり,ついで貴族院議員になったが,以後は家業に精励するとともに産業組合(産組)の発展に努めた。1917年(大6)同志と倉吉信用組合(〈産業組合法〉による市街地信用組合)を設立して,のちに組合長となり,さらに鳥取県信用購買販売利用組合連合会の第2代会長となった。1926年(大15)産業組合中央金庫評議員,産組東伯郡部会長となり,1928年(昭3)には全国にさきがけて〈産組法〉による総合病院の開設を図り,利用組合厚生病院を設立して組合長となった。そして産業組合中央会(産組中央会)鳥取県支会副会長,1933年(昭8)には産組中央会の理事になるなど産組の重鎮として活躍する一方,地方の教育界,実業界にも貢献するところすこぶる大であった。1943年(昭18)10月28日没。(倉繁良逸)


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