| 1896年(明29)1月24日,熊本市通町に生まれた。1917年(大6)東京高等商業学校(現一橋大学)卒業。在学中,教授上田貞次郎(1879〜1940)の指導で上州南三社の生糸販売組合を調査し,論文「群馬県生糸販売組合の研究」をまとめ,産業組合(産組)に興味をもつようになり,その卒業論文は「産業組合研究」であった。卒業後,イギリスに留学し,ウェッブ(別項)について研究を積み,英文の『日本協同組合運動』(The
Co‐operative Movement in
Japan)を著し,ドクターの学位を受けた。1925年(大14)母校の助教授に招かれて社会政策を講じ,ついで教授となり,協同組合,社会政策を講じた。1929年(昭4)ジード(別項)著,久我貞次郎訳『消費組合論』の付録として『本邦消費組合論』を著したが,その他消費組合に関する著作,論文が多く,わが国消費組合研究の権威で,産業組合学校の講師でもあった。その主張は,従来のわが国の産組的指導精神には批判的で,より積極的なロッチデール主義を指導精神とした。すなわち,東京の共働社や,家庭購買組合,大阪の共益社,神戸の神戸消費組合など,第1次世界大戦後の丸岡重堯,賀川豊彦,吉野作造,岡本利吉(以上別項)らの社会運動家,思想家によって設立された反資本主義的な社会改造を理想とする消費組合運動を消費組合の正しい方向とした。そして本位田祥男(別項)らとともに1931年(昭6)の全国消費組合協会の設立などに関与したが,1934年(昭9)6月4日,39歳の若さで病没した。著書には前記のほかに『協同組合研究』がある。(古志太郎) |