協同組合人物略伝 【国外】
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| (1915〜79)韓国慶尚北道大邱市に生まれた。1933年に早稲田大学を中退し,1934年,満州国(現中国東北部)農業合作社に就職。1937年,同国四平省庁で興農合作社関係業務を担当した。1945年に帰国後,社団法人新生活を創設。1946年,同慶学院および新生公民学校を設立。1948年,農林部農村指導局第1課に勤務することになってから〈農協法〉の起草にあたった。1957年2月1日に〈農協法〉が制定されて同年2月14日に〈農協法〉が公布されるまで〈農協法〉の起草および法制化推進の主要な役割を果たした。1958年,フィリピンで開かれた東南アジア農協信用制度研究会に参加し,ついで日本の農協制度を視察した。1959年から1971年まで農業協同組合中央会の総務部長,指導部長,理事を歴任した。その間,月刊『新農民』(新しい農民)や週刊『農協新聞』を創刊したのをはじめ,1964年に農協体質改善運動および新農民運動を展開し,1966年には農協初級大学を設立した。1971年,農協大学(現在の農協専門大学)の第4代学長に就任し,1974年にはソウル特別市農協の第6代組合長に就任した。その後1977年からは,農協中央会の中央役職員研修院の招聘教授に招かれ,後進の育成に尽くした。主著:『私の農協時節』。 (李 桓 圭) |