| 1888〜1967) 韓国のソウル西大門区に生まれた。1911年に同志社大学神学科を卒業後,帰国して漢陽キリスト教会の伝道師として活動するかたわら,普成専門学校の教師になった。その後,培花女学校教師,英彰中学校長,YMCA理事,同総務などを歴任した。とくに1920年,YMCA農村部幹事を担当してから農村運動に献身した。そのころ韓国は1919年3月1日の独立運動(万歳事件)以来,社会的・経済的混乱期にあたり,YMCAは全国農民の@経済的向上,A社会的団結,B精神的蘇生を図る3大綱領を打ち出し,1923年から農村運動に力を注ぐことになった。1928年,彼はエルサレム国際宣教大会に参加し,引き続きデンマークの農村運動を研究するため,1年間のYMCA幹事訓練プログラムの研修を受け,帰国してから本格的な農村運動を展開した。その内容は農事技術改良普及をはじめ,協同組合の組織指導,デンマーク式農民講習所,高等農民学校,農村青年の指導であった。その結果,ソウルを中心に農村協同組合運動が盛り上がり,全国的に拡散されていったが,1937年7月,朝鮮総督府の禁止令によりYMCAの協同組合運動は中断されると同時に,「農村振興運動」に吸収されてしまった。第2次世界大戦後は成人教育中央会総本部長,農林部農林委員,農業協同組合中央会顧問として活躍した。主著:『協同組合論』『丁抹と丁抹農民』『高等農民学校』『農村叢書』『農村要覧』。(李 桓 圭) |