| (1817〜1906) イギリス協同組合運動の偉大な思想的推進者であり,有能なジャーナリスト,政治的アジテーター(運動家)でもあった。バーミンガムの技師の家に生まれ,工業専門学校を卒業し数学の教師になった。彼は社会問題や政治に関心をもち,1831年,早くもバーミンガム改革者連盟に加盟し,オウエン(別項)の講演会にも出席していた。その影響で1838年に社会主義と協同組合に関する処女講演をしており,ついでオウエンの提唱する「あらゆる国民のあらゆる階級の組合」(Association
of All Classes of All
Nations)に参加し,オウエン主義や合理的宗教主義について各地に講演行脚をした。1843年,高級な文献図書の店を開き,かたわら雑誌『運動』(The
Movement)の主筆になり,あるいは国会議員を志して後年の自叙伝に述べているように,理想と政治のアジテーターとして活躍した。また,1846年に雑誌『論説者』(The
Reasoner)を刊行して,教育・宗教分離論(セキュラリズム)を説くとともに,協同組合欄を設けて組合関係の論説やニュースを掲載した。このセキュラリズムという言葉は彼の造語で,その意味は,宗教は個人的な信仰の問題であって,これを司祭する教会は国事や政治に関与してはならない,というものであり,キリスト教国家に大きな衝撃を与えた。彼は口にペンに多才多能で,著作は150冊に及び,27の定期刊行物を発行した。その記念事業の醵金によって,ホリオークハウスと名づけられた協同組合中央会の本部が建設された。主著:
History of Co‐operation in England(イギリス協同組合史),History of the Rochdale
Pioneers(ロッチデールの先駆者たち),Sixty Years of an Agitator’s
Life(あるアジテーターの60年の生涯)。(大熊良一) |