協同組合人物略伝 【国外】
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| (1839〜1911)19世紀のチェコスロバキアはオーストリア王国に属し,あらゆる自由主義的な運動は弾圧されていた。そのチェコスロバキアに生まれ,このような環境のもとで育ち,初期の消費組合運動のパイオニアとなった。学生時代から労働運動に身を投じ,西欧諸国を旅行してそのころようやく発達しつつあったイギリスの消費組合をみて,これに関心をもつようになった。彼の構想による消費組合は,その組織のなかに消費者と生産者,労働者と企業家を包括しようとした。いわば協同組合思想の初期の考え方を実現しようとする理想主義的なもので,彼はこれを「蜜蜂の巣箱」と呼んでいた。この創案は1867年にプラハの労働者たちによって実現され,好成績をあげたので各地にこれにならった組合が生まれ,1872年には組合数500に及んだ。しかし,組合運動内部の政治的見解の対立から分裂が生じ,組合運動は政治的偏向を強くし,政治的中立主義を唱える彼自身は指導者の立場を降りなければならなかった。しかし,彼が残した協同主義の精神は,今日のチェコスロバキアの協同組合運動史上に,ひとりの開拓者の遺産として受け継がれている。 |