協同組合人物略伝 【国外
 
チェルヌイシェフスキーChernyshevskii,Nikolai Gavrilovich
(1828〜89)ロシア(現ソビエト)の急進的民主主義者,社会主義者,唯物論者で協同組合運動の理論的先駆者である。サラトフの牧師の子として生まれ,神学校を経てペテルブルグ(現レニングラード)大学歴史・言語学部に学んだ。在学中,1848年の西欧の諸革命の影響を受け,フーリエ,サン‐シモン,オウエン(以上別項)らの社会主義思想やロシアの革命的民主主義者ベリンスキー(Belinskii, V. G. 1811〜48,露),ゲルツェン(Gertsen, A. I. 1812〜70,露)らの思想を学んだ。1854年からペテルブルグの急進的雑誌『ソヴレメンニク』の編集に参加し,自ら美学理論,哲学論文,文芸評論などを執筆した。1856年以降は同志のドブロリューボフ(Dobrolyubov, N. A. 1836〜61,露)とともに,ロシアの農奴制廃止をめぐって農民の土地付き完全解放を求める論説を発表し,1860年代のロシアにおける解放運動の急進的指導者とみなされた。彼はゲルツェンのロシア社会主義論を発展させて,後進的なロシアでの社会主義の実現のために,伝統的な農村共同体(ミール)や職人組合(アルテリ)を利用することを主張した。それらの制度や慣習を社会主義化のための土台として活用すれば,資本主義段階が短縮もしくは省略できるので,ただちに社会主義の実現に役だつ,と考えたのである。具体的には,農奴解放にあたって農民に土地を与え,農村共同体を保持し,これを近代的な協同組合的集団農業経営に発展させようというものであった。彼の主張は地主勢力の温存を図る政府や自由主義者の政策と対立した。1861年の農奴解放令に反対したチェルヌイシェフスキーは,農民の武装蜂起を扇動する文書を作成したという罪状によって逮捕・投獄され,その後23年間のシベリア徒刑に処せられた。獄中で書かれた政治小説『何をなすべきか』には,ヴェーラをはじめ若い主人公たちが協同組合店舗を通じて貧しい人々に職場を与え,さらに平等な協同社会を実現するために働く姿が描かれている。この小説は当時のロシアの青年男女に強い影響を与え,それ以後のロシアの解放運動や協同組合運動の指針とされた。主著:Ocherki iz politicheskoi ekonomii po Milliu (J. S.ミル「経済学原理」への評解),Kapital i trud(資本と労働),Chto delat’(何をなすべきか)。
(今井義夫)


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