| (1902〜84) 国際協同組合運動の理論的指導者のひとりで,報道,教育および発展途上国の技術援助等に尽力した。スイスに生まれ,パリに留学して哲学博士となり,さらにロンドン大学を卒業し,シドニーで大学教授となった。1933年,大学をやめてスイス消費組合連合会(Coop
Schweiz)につとめ,フランス語の協同組合誌『コオペラシオン』(Coope´ration)の編集に従事し,やがて編集責任者となった。1946年,常務理事に選ばれ,新聞,広報,教育部を担当しながらバーゼル近くの協同組合大学学長を兼務し,1961年には副会長となった。国際的には1946年に国際協同組合同盟(ICA)の中央委員となり,ついで1951年にコペンハーゲンで開催されたICA第18回大会で中央執行委員に選任され,教育委員会のメンバーとして情報・教育活動に積極的に取り組み,協同組合新聞・出版部門の設置を提案した。ついで1954年のICA第19回パリ大会では,「世界の協同組合の発展――その諸困難と機会」を提案した。この提案は,1980年にモスクワで開催された第27回ICA大会におけるレイドロウ報告の先駆けをなすものと評価されている。1954年のICA大会で,発展途上国協同組合技術援助の補助委員会が設立され,会長のギル(Gill,
S. H.英),ボノー(別項),サウザン(Southern,
R.英)らとともにその事業に努力し,彼の発案でアフリカのダホメ援助が実現した。このことで,のちにアジア地域および日本を訪問することとなった。ICAがユネスコ,国際労働機関(ILO),国連食糧農業機関(FAO)などとの関係が深まるにつれ,彼はユネスコの成人教育事業に協力する一方,平和のために原水爆実験や軍備拡張競争の反対や,1956年のハンガリー動乱の際,ソ連軍が介入しこれを鎮圧した,いわゆるハンガリー事件では,ICAの平和政策の民主主義的手段によって政府を選ぶ自由,ということに照らしても,ソ連の武力行使は認めることができないと反対を主張した。スイス消費組合連合会の役員をやめてからは成人教育,地域社会奉仕,協同組合の発展などに尽力した。主著:L’
e´ducation coope´rative, in Le coope´rateur
suisse。(高橋芳郎) |