入選作品

いつも優しく静かに傍らに

安田直子(やすだ・なおこ)・45歳

 考えてみると、三度の飯より本が好きと言うくらいの子供達の本好きは、産まれる前から始まっていたのかもしれないと思う。
 まさか自分が普通に子供の出来ない体だなんて思ってもみなかったことだ。結婚すれば子供ができるのは、ごく自然で当たり前のことだと思っていた。不妊治療に苦しみ、体外受精でやっと授かった双子だ。気の早い私は双子だとわかった時から、子供達に沢山本を読んであげようと、子供の頃好きだった本や気にいった本を見つけると買い、楽しみながら絵本を集めていた。
 しかし、妊娠とは何があるか分らないものだ。氷しか口に出来ない辛いつわりが終わったかと思うと、今度は出血で入退院を繰り返し、最悪なことに破水してしまったのだ。私は、パニックを起こした。破水したまま病院へ救急搬送され、ベッドの上で頭しか動かせず寝たきりの生活が始まった。破水した状態で赤ちゃんを出来る限り長くお腹の中におくのだ。
 これからどうなってしまうのだろうという不安と恐怖。祈りながら過ごす一日。夢に描いていた妊娠生活とは大きくかけ離れた現実さえも受け入れきれなかった。そんな私に、義理の御母さんは献身的に付き添ってくれた。私にいたわりの言葉をかけ、動けない体を辛いでしょうとマッサージしてくれた。
 私が眠ると、御母さんは空いた時間傍らで静かにいつも本を読んで過ごしていた。私の気持ちがまいらないようにと気を使っての事だったのかもしれないが、御母さんは時々読んでいる本のあらすじを話してくれた。それはとても心地よく楽しく、本好きの私は入院生活の中でぽっと灯りがついたように、楽しみを見つけることができた。
 そうだ! 御母さんが話してくれるみたいに、おなかの子供達に本を読んであげよう! まだ妊娠生活は終わっていない。動けない私にも出来ることはまだあった! 心に希望の光が差し込んだ。
 主人に頼み、今まで買い集めた本を病院に持ってきてもらうと、私は毎日読み聞かせをするように声に出して本を読み続けた。今まであんなに長かった一日。時計ばかりを見つめて苦しいため息をついていた生活が、子供達に本を読んであげられる喜びの時間へと変わった。
 しかし、そんな生活も長くは続かず、十日余りで突然出産することになってしまった。七か月ちょっとで産まれた我が子達は、600gという超未熟児だった。すぐに保育器に入れられ、子供達に面会出来たのは、それから二日後のことだった。頭は握りこぶし程しかなく、腕は親指程度の太さ。小さくて透けるような体に、何本も点滴を入れられ酸素マスクで顔が見えない程だった。
 先に退院した私は、自宅から車で一時間離れた病院に、搾乳した母乳を届け面会するために通った。保育器を前にただ子供を眺める事しか出来ない。抱っこしていいですよと言われても、医療器具が沢山ついていて何だか怖い。でもなるべく長い時間一緒にいたい。  
 私は、看護師さんに許可をもらうと絵本を持って病院に通うようになった。保育器の子供の傍で本を読み続けた。すると自分の気持ちも嘘のように落ち着き、子供達が、まるでまだお腹の中にいるような感覚になるのだ。子供達が、声の聞こえる方に顔を向けているようにも思え、私の心を穏やかにしてくれた。
 出産してから五か月。やっと家族揃って生活が出来るようになった。子供達が、家にやってくると生活は一変。初めての子育てのうえに双子。てんやわんやの毎日だった。肺の弱い子供達は、風邪をひくと重症化しやすいため人混みに出かけられず、冬が近づくと家に閉じこもったままの生活が続いた。さすがに一日中家の中の生活は、私自身にもストレスがたまり、イライラすることが多くなった。
 二人一緒に寝てもらわなければ、休む時間もなく、私は横になりたい時、両脇に子供を寝かせ絵本を読んだ。まだ何もわからない子供達だったが、そんなことはどうでもよかった。ところが、驚いたことに本を読み始めると不思議と静かになる。キョロキョロとしていたのが、絵本を開くと見ているかのようにも思える。味をしめた私は、一日の空いた時間は、子供とごろごろ横になりながら、本を読む生活をするようになった。
 子供達が成長すると、自分で本を開くようになり、舐めるかじる破く眺める。怪獣のような子供達も、今度は読んで読んでとおねだりするようになり、今では自分達で本を選び、夢中で読んでいる。
 私の子育ての中に、本は常に一緒で大切なものだった。私の子育ての苦しさを救ってくれるものでもあった。発達障害を持つ我が子だが、本を読むときだけはそんなことも嘘のような集中ぶりだ。
 子供達の傍らにはいつも本があり、これからも本から心の栄養を沢山もらい成長していくことだろう。いつか二人が大人になり家庭を築く時にも、やはり本がいつも優しく静かに傍らにあるのだろうかと子供達を見ながら考える。