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たべもの _読書エッセイ

佳作

たべもの

堀宗一朗(ほり・そういちろう)・58歳

 こんなにも長く手元に置くことになろうとは、当時は思いもしなかった。
 それは今から23年前のこと。東京へ出張した帰り、一歳半になる長男に土産をと、
八重洲の地下街を散策していた。オモチャもいいが、そろそろ絵本なんかもどうだろうと考え、とある本屋に入った。その途端、目に飛び込んできたのが、小さな男の子がバナナを持って微笑む『たべもの』という絵本だ。手に取って本をめくると……。

おはよう あさごはん
てを あらって おひるごはん
たのしい ゆうごはん
はるに おいしい たべもの
なつに おいしい たべもの
あきに おいしい たべもの
ふゆに おいしい たべもの
おやつ だいすき

……と。
 文字は各ページ見開き八面にこれだけ。後は、ご飯であったり、食パン、ラーメン類、焼き魚、カレーライス、トンカツなどの身近な食材が、テーマごとに豊富に描かれている。
「うん、これがいい」
 私は一目で気に入り、ちょうどモリモリと食べ始めている息子が、これなら楽しく見てくれるだろうと、迷わず購入し土産にした。
 思った通り息子は、毎日のように絵本を広げ、食卓に同じおかずが出ると……。例えば、玉子焼きを見ると。すぐに絵本を持ってきて玉子焼きの絵を指さし、「えらいなあ」と、褒めてあげると手を叩いて喜ぶ。その姿を見ると親バカなのか、とても愛くるしく想い、家内もできる限り、絵本の中の一品を食事に添え、いつしかこの本は、親子三人の食卓に欠かせない、重要なアイテムとなっていた。
 やがて息子も幼稚園に通うようになってからは、さすがに絵本を広げることはなく、私たちにも次男ができ、次第に本の存在を忘れてしまっていた。それから二年が過ぎたある日の午後。年長さんになった長男が、二歳の弟に本を読んで聞かせている姿を目にした。
「えらいなあ。何を読んであげてるの」
 そう尋ねると、
「たべもの!」
 驚いた。すっかり忘れていた……と言うより、もうとっくになくしてしまったと思ってた絵本が、そこにあったからだ。長男が自分のオモチャ箱に、大切に入れてあったらしい。 
 またその日から、あの頃と同じ食事風景が戻ってきた。やっぱり同じ品が並ぶと、次男も絵本を持ってきて指さし。褒めると大喜びをする。重要アイテムが見事に復活したのだ。
また次男は食いしん坊で、特にお気に入りページがラストの……。

おやつ だいすき

 そこを開いては、食べたいものを指さし、家内に要求する毎日だった。そして三年後。我が家に待望の女の子が誕生した。さすがにあの絵本は……と思っていたら、今度は家内が大切に保管していて。一人でお座りができるようになったときから、娘に絵本を見せていたのには、またまた驚かされた。当然の如く一年後には三度、同じ食事風景が帰ってきた。今度は息子たちも手伝って、娘が正解すると大拍手。賑やかだったことを、今でも忘れることができない。それともう一つ。女の子ならではの出来事があった。
 表紙の男の子のおでこに、次男がマジックで小さな跡を付けてしまった。三歳になった娘はそれを、男の子がけがをしたと思ったのだろう。気がつくと、男の子のおでこにバンドエイドが貼られていた。そしていつもそこを、優しく擦っていた姿も忘れることができない。
 その娘も今は高校生になっている。絵本は最後の持ち主となった娘が、大切に持っていてくれている。さすがにバンドエイドは外されているが、次男坊の残した傷痕はそのまま残っている。
 23年前に買った、たった一冊の絵本が、私たち家族をどんなに笑わせてくれたか……。どれほど幸せな想いにさせてくれたか……。
その功績は計り知れないものがある。確かに絵本はくたびれた。所々が破れたりもしている。だがこの絵本の持つ力は衰えることはないだろう。おそらく次の世代にも……。

まもなく。

 長男が、結婚したいという女性を連れてくるらしい。

またあの食事風景が、
我が家に戻ってくるのが楽しみだ。

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