入選作品

母と江戸川乱歩

後藤喜朗(ごとう・よしろう)・53歳

 私の本棚にハードカバーの『江戸川乱歩全集』が鎮座している。30年以上も同じ場所に並べてある。実は、就職してから初任給で買い揃えた全集である。決して新書ではないのに、廃品回収にも出さずに大切にしている理由がある。
 私の家は、幼い頃から非常に貧しかった。親は、自営をしていたのだが事業に失敗し、莫大な借金を抱えることになった。私が生まれ育ち、思い出が沢山詰まった家は他人の手に渡った。親は、断腸の思いで家を手放したに相違ない。
 私の学校でのあだ名は「貧乏人」であり、酷(ひど)いいじめに遭っていた。理科の時間に親が買ってくれた大切なノートに薬品をかけられたことがあった。私は、身体が小さかったので喧嘩をしても勝てるはずがない。ただ、変色していくノートを黙って見ているしか術がなかった。また、プロレスごっこと称して一人対数名でプロレスの技をかけられたこともあった。「痛い、痛い」と叫ぶ私を見て周りは嘲(あざ)笑っていた。
 ある時には、私の上靴が紛失した。必死の思いで探すとトイレから汚物にまみれた私の上靴が見つかった。新しい上靴を買うこともできないので私は上靴を丁寧に洗って履いていた。「貧乏人」に「汚い」「臭い」という冠がつくのに時間はかからなかった。それ以降「臭い貧乏人」「汚い貧乏人」と罵(ののし)られることになる。
 貧しいだけでどうしてこんな思いをするのだ。私は心底親を怨(うら)んだ。悔しくて悔しくてたまらなかった。しかし、私は決して学校を休まなかった。「いつかは必ず見返してやる」という思いと私なりのプライドと意地を示したかった。
 休み時間になると私は容赦なくいじめの標的になっていたため、シェルターに逃げ込むことにした。それが、学校の図書館であった。図書館の一番奥のコーナーは、周りが本棚に囲まれていた。ある意味そこは、私にとっての安らぎの場であり、聖域であった。
 そこには、『江戸川乱歩全集』が所狭しと並べられていた。私は、第一巻の『怪人二十面相』を何気なく手にした。表紙は、仏像と名探偵明智小五郎の助手である小林少年であったと記憶している。
 一ページ目から私は江戸川乱歩ワールドに心酔して行った。名探偵明智小五郎と怪人二十面相の対決にワクワク、ドキドキしながら読み進めていった。自分のいじめも明智小五郎が解決してくれる。そんな思いで自分の境遇とオーバーラップをさせていた。私は、自分の本をなかなか買ってもらえなかったので、ノートに江戸川乱歩全集を書き写していたのであった。その書き写したノートを見ることが唯一の楽しみであった。
 しかし、そうした幸福な瞬間は長続きはしなかった。いじめっ子の集団に見つかり、私のシェルターである図書館は陥落をした。私の大切なノートは、いじめっ子に取り上げられ破られてしまった。その日、私は泣きながら家に帰ったことを記憶している。泣いている私を見て母親が「どうしたん。熱でもあるのか」と尋ねてきた。
「元気出せ。ほら新しいノートを買ってきたぞ。また、お前の好きな江戸川乱歩をいっぱい書き写せや」
 次の瞬間、「こんなノートいらん」と母親にノートを投げつけていた。「家が貧乏じゃなかったら俺はいじめられん。もう貧乏は嫌だ」と叫んだ。母親は私を叱るのではなく、涙を流しながら「ごめん。本当にごめん。辛い思いをさせているな」と悲しそうに呟いていた。
 その後、私は就職し、親と離れて過ごすようになった。母親に、ノートを投げつけたことをいつかは謝ろうと考えていた。しかし、日常の忙しさを理由に実家にはなかなか足が向かなかった。
 ある日、珍しく父親から電話が入った。
「おかあちゃん入院したぞ」
 病院に着いた時、母親の意識は既に朦朧としていた。最後の最後まで母親は生きようという生き様を見せてくれた。臨終の瞬間、涙がどっと溢れてきた。葬式が終わった後、父親と遺品整理をしていた時である。「おい、このノートを見てみろ」と父親が一冊のノートを手渡してくれた。その中には、私が読破した江戸川乱歩集の記録が母親の筆跡で記されていた。さらに、私が母親に伝えた感想まで克明に記されていた。
「おかあちゃんな。お前が本の感想を話すことを楽しみにしていたぞ」
 そう言えば私が本を投げつけた日以降はどうなっているのか。私は興味津々でノートを見るとその日以降も記録は続いている。どうやら私の代わりに母親が『江戸川乱歩全集』を読み、感想を書いていたようだ。このように幼い頃から江戸川乱歩は、私にとって座右の友であったのだ。
 私が母親にノートを投げつけたことを謝れなかったことは、一生の不覚である。しかし、私の本棚には『江戸川乱歩全集』がある。母親の代わりに私を見守り、微笑んでいるかのようである。『江戸川乱歩全集』は、私をいじめから救ってくれた恩人であり、かけがえのない存在である。一生大切にして生きたいと思う。