入選作品

枕元に本を

古池美彦(ふるいけ・よしひこ)・29歳

 重たい冬布団にくるまって寝転んだまま本を読むのが好きだ。できることなら、まぶたが落ちる寸前まで活字を追いかけていたい。耐えきれなくなったら本棚まで行くのは諦めて枕元に本を放ってしまう怠惰な性分で、いつも目覚めたあとに後悔している。たいてい栞を挟んでいないのである。私ももう30になるいい大人の男なのだが、きっとこの悪い習性だけは改めることは無理だと思う。
 小学校に上がるか上がらないかの頃、私の夜の楽しみと言えば、母がほぼ欠かさなかったおやすみ前の読み聞かせであった。六畳の和室には布団が三枚敷かれていた。真ん中の小さい布団は私の布団で、仰向いた私の右手に母の布団、反対の左手には父の大きな布団があった。だからストーリーテラーの声はいつも私の右の耳から入り、そして頭や胸をくすぐって想像をかき立ててから、左の耳へと心地よく抜けていくのだった。
 布団に寝転んだままの私にとって正面に見える天井板の木目は海図だった。そのうちの一つの島には15人の少年が流れ着いて冒険を繰り広げた。あるいは布団をがばっとかぶれば、そこはもう二万里の深さの海底になった。和風の引き戸だって西洋風の料理店の扉に早変わり。注文が全て終わったら山猫に食べられるんじゃないかと寒気がした。そんなしばしの逃避行も、父が遅い仕事から帰って「ただいま」の一言が聞こえると静かに終わる。母が食卓の準備に向かったあと、私の枕元では気になる続きを秘めたままで本が黙っていた。
 私の左手の布団の枕元にはもう一冊の本が転がっていた。私の枕元にある大きめの平仮名ばかりの本とは違って、父が「ぶんこぼん」と呼ぶその本は手のひらくらいの小さなサイズで、振り仮名のない漢字がたくさん並んでいた。平仮名だけを拾い集めて読んでみても意味が分からないし、そもそも挿絵がないのが不思議だった。その頃の私の読書体験はいつも母の声とセットだったので、黙々と静かに文字を辿っていく父の姿は私にとって大人の象徴となった。学年が上がったあとには、推理が得意な三毛猫が事件を解決するという文庫本を意気がって眺め、大人の仲間入りを果たしたような気分に浸ったりもした。この小さな本は、お前も早く一人前になって読んでみろよと言わんばかりの様子で枕元に居座り、私に憧れを抱かせていたのだ。
 そんなわけで私たち親子三人は、読書を通して川の字で寝るスタイルに落ち着いたのだが、一度だけ一画目の母と三画目の父が二画目の私のところに集まって、まるで一の字のようになったことがある。賑やかなクリスマスも楽しいお正月も終わって、読み聞かせの習慣が日常に戻ってきた真冬の日だった。太陽が昇る少し前、神戸を襲った直下型の揺れが県をまたいで離れた我が家にも、すごい勢いで伝わってきたのだ。
 幼い私は揺れ自体には無頓着で驚かなかったのだが、急に全身に重みを感じて目を覚ました。するとその重みはすぐにずしんと二倍ほどになった。とても息苦しくなって、いったい何が起こっているのだろうと月明かりのなか目を凝らしてみると、私の上には母が、さらにその上から父が覆い被さっていたのだった。二人の体温の下で私は重い苦しいと思いながら、タンスが壁に擦れたり戸がきしんだりする音をしばらく聞いていた。揺れがおさまって食器棚や居間をある程度片付けたあと、きっと大丈夫だからもう一回寝てもいいよと言われて寝室に戻った。枕元には大きな本と小さな本が転がっていたが、何だかいつも通りであっていつも通りではないような不思議なざわつきがあった。
 重たい冬布団のなかで枕元に並んだ本を読む。その光景は私にとって恵まれた幼少時代そのものなのである。川の字の一画目と二画目のあいだの大きめの本は寝室を無人島や海底や山奥に変えて、私に想像力を注ぎ込んでくれた。二画目と三画目のあいだにあった小さな本は、知的に広がっていく世界への憧れを大いに抱かせてくれた。そして月明かりのさす枕元に柔らかに重なる本たちは、いざというときに一の字になる父と母の「重み」を今でも肌に思い出させてくれるのである。
 やはり私は当たり前のように本を身近に置いて生活するように育った。いま一人暮らしの枕元にはイギリスの女流作家が書いた近世の物語小説が置いてある。貴族の男と庶民の娘がプライドを捨て偏見を乗り越えて結ばれていく話だ。読み進めていくうちに、現代の貴族である私もそろそろ両親を安心させてやろうか、衰えた二人に私一人では心細いか、などと人並みのことを思い始めている。そして相手もいないくせに布団のなかでプロポーズの言葉を考えてみたりもする。
「枕元に本を置くような家庭にしましょう」
 やはりいきなりこれでは相手に意味が伝わらないだろうか。私にとっては最上級の愛の言葉のつもりなのだけれど。