入選作品

早く続きが読みたいね

城田由希子(しろた・ゆきこ)・53歳

「早く続きが読みたいね」
 こんな会話ができるようになったのはつい最近のことだ。単身赴任二年目の夫。私たち夫婦をつなぐのは本。夫は月に二度ほど新幹線で二時間かけて帰省する。以前は車内でひたすらパソコンで仕事をしていたそうだ。
 私は新幹線のような座席にテーブルがある電車には年に三度ほどしか乗る機会がない。この三度ほどが私の至福のときだ。旅行のお供はホットコーヒーとチョコレート、そして数冊の文庫本。それも旅行が決まってから長い時間をかけて精選した本。絶対に悲しくてはいけない。残酷でもいけない。そして面白くなくてはいけない。そのうえハッピーエンドでなければいけない。
 この本選びにはなかなか苦労する。最適な本が見つかったら、もちろん大喜びで手に入れるが、すぐには読まない。読みたくてうずうずするが我慢して読まない。旅行まで大事に本棚にとっておくのだ。それを毎日眺めて、旅行と読書の至福のときに思いをはせ楽しむ。
 旅行中の読書に携帯音楽プレーヤーは必携。インストゥルメンタルの音楽は静かな場所、たとえば自宅での読書には不要だ。読書の際に音楽をイヤホンで聴くのは、周りが気になるとき。車内での他人のおしゃべり。聞きたくないけど聞こえてくる。それを気にせず快適な空間にしてくれるのが音楽。軽く音楽が流れると本の世界に瞬時に引き込まれる。精選された本、コーヒーとチョコレート、お気に入りの音楽。至福のときでなくてなんだというのだ。ときどき車窓から景色を眺める。ずっと乗っていたいと毎回思う。うれしくて二時間があっという間だ。
 夫は最近この車内での過ごし方をまねし始めた。車内ではパソコン仕事をせずに読書にはまっているのだそうだ。私が読み終えた本は夫にリレーされる。私が面白いと勧めた本は今のところ期待をはずしたことがないという。
「お帰り」
「ただいま」
「今日はどの本をどこまで読んだ?」
「これをまだ半分だから、絶対にそのあとの展開は言うなよ」
 たぶん毎回同じことをお互いに言っている。読み終えた方は言いたくて仕方ないのだがここはじっと我慢だ。二人とも読み終えたら全体の感想を言い合う。些細なことで意見が食い違うことが多いのだが、本に関しては感想が高い割合で同じなのは面白いし不思議だ。
 夫は読んだ本を原作とした映画を見つけてくれる。それを観るのも楽しい。でもほとんどが原作の本のほうが数段いい。私は映画より本のほうが好きなので、本を先に読んでしまう。第一印象に大きく影響されるから、映画はなんとなく偽物のような気がするのだ。
 私は夫に紹介するための本を探すのが楽しい。試されているようで気合いが入る。新刊は書店で見る。平積みされている本の表紙を見るだけですでにわくわくだ。書店員の書いたポップがとても役に立つ。それを手がかりに本を選ぶことが多い。自分が面白いと思って読んだ本が、有名な文学賞に選ばれたりすることもあった。まるで自分の作品が受賞したように誇らしく感じた。図書館、ネットの口コミ、古本屋、新聞の批評欄、友だちの感想。参考にするものはたくさんある。
 新しい作家との出会いも大切だ。面白い本を見つけるとシリーズ物はもちろん同じ作家の作品を次から次へと探す。同じ作家の作品でも全てが好きというわけには残念ながらいかない。私たち二人にぴったり合うシリーズ物が見つかれば最高だ。そのシリーズがいつまでも続きますようにと祈る。だからストーリーの展開が早すぎると焦るのだ。好みの本が何冊か見つかると、しばらくは心配せず読書に没頭できる。これは旅行中の読書タイムの次の至福のときだ。
 本を読むと実際に体験したような気持ちになる。まるで主人公と一緒に生きているようだ。もちろん現実の人生ではそんなに多くの体験はできない。そして一冊の本を夫と私がときをずらして読んでいるにもかかわらず、二人に同じ体験をさせてくれる。私たちは離れている時間の方がずっと長いが、それが縮まるような気さえする。また私は心温まる本を読んだ後はなぜか周りの人に自然に優しくなれるように感じる。楽しい音楽を聴いたときに気分が明るくなるのとよく似ている。
 夫は普段は仕事に関する本を読んでいる。私の推薦する本は帰省の新幹線の中でのお楽しみだそうだ。
「次の本は何?」
 夫の期待を裏切らないように、できれば唸(うな)らせるような本を推薦したい。
 週末には夫が帰ってくる。それに合わせて今日は夫と私をつなぐ素敵な本を探しに出かけよう。そして心温まる本を読んで夫の帰りを心待ちにしよう。