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私たちの冷蔵庫 _読書エッセイ

佳作

私たちの冷蔵庫

周東優香(しゅうとう・ゆか)・京都府・31歳

 「冷蔵庫を本棚にしている」と彼は言った。私は一瞬、冗談かと思ったが、向こうはどうやら本気らしい。
 大学生の時にふとしたことで知り合ったその人は、同い年ながらたいそうな読書家だった。一人暮らしの部屋に溢(あふ)れ返った本を収納するために、とうとう冷蔵庫の電源を抜いて本棚にしたと言う。その容赦ない合理性に半ば感心し、半ば呆れて彼を眺めると、なるほど、無精ひげを生やしたところなど、どことなく文士のようでもあった。
 その時の会話がきっかけで、私たちはなんとなく意気投合し、本の貸し借りをするようになった。といっても彼の読書量がはるかに上回っていたので、専(もっぱ)ら私が彼の薦める本を借りる一方だった。初めて借りた本は、確かシュペルヴィエルの『海に住む少女』だったと思う。初めて読むそのフランス人作家の、幻想的な文体と静謐(せいひつ)な世界観は、渇いた心を潤すように私に沁みた。読み終える頃には、その本を私のために選んでくれた彼の存在が、私の中で特別になっていた。新しい読書体験をもたらした彼に魅かれていたのだ。単純だが、要するに若かったのである。間もなく自然な流れで付き合い始めた私たちは、相変わらず小説ばかり読んだ。デートのたびに喫茶店に行っては、黙々と読書に没頭していた。
 その頃、珍しく私の薦めで彼が本を選んだことがあった。それがトーマス・マンの『魔の山』だ。私は大学最後の夏、巨匠の大長編に挑戦することにし、彼にも薦めてみると、「まだ読んでないから僕も読もう」と言ってくれた。そして私たちはその夏、『魔の山』に夢中になった。「世俗から隔離された療養所で青年ハンス・カストルプが様々な思想を持つ人物と出会い成長する教養小説」という粗筋(あらすじ)とその長さにこれまで怖気づいていたのだが、読んでみると実にユーモアに満ちた小説だった。混沌としていながらも、そこには読む者を小説世界に浸らせリアルに感じさせる文学の力があった。
 そう、私たちは、第一次世界大戦前夜のヨーロッパを無菌状態で過ごしていたハンス・カストルプ同様、自分たちが最後のモラトリアムを許された者だということを、どこかで感じていたのだと思う。長い時間をかけて読み終わった後、二人で感想を語り合った。まるで話し尽きるのを避けるように、何時間も言葉を交わし続けた。
 親しくなってから、件(くだん)の冷蔵庫を見せてもらった。ワンルーム6帖の部屋に入ると、想像通り本で埋め尽くされていたが、書棚の中の本は、律儀に出版社別・著者順・番号順に配列されていた。彼そのもののような部屋には暖かい陽が差し込んでいて、私すっかり寛(くつろ)いでしまった。一人用の小さな冷蔵庫を開けると、読み古した本特有のにおいが、密閉された空間から飛び出してきた。飲み物が入るべき扉の裏には大型本が押し込まれ、食べ物が並ぶべき中心部には文庫や新書が棚の高さに応じて並んでいた。生活感のないその光景につい笑ってしまって、この人は結婚に向いてないなあ、と思った。
 ところが、なんとなく付き合い始めた私たちは、就職と同時に、なんとなく結婚することになったのだ。はっきりしたプロポーズの言葉こそなかったが、ひとつだけ印象に残っていることがある。
 一緒に暮らすための引越し準備をしている時、お互いに持っている本の何冊かが重複していると判明した。本を大切に扱う彼のことだから、自分の本はとって置きたいのだろうと私は思ったが、彼はこともなげに言った。「一冊あればいいんだから、重なっている本は古本屋に売ろう」。
 本は分けることができない。もしこの先別れるかもしれないと思ったら言えない台詞だ。結婚するのだから当然かもしれないが、何気ないその一言は、何気なかったからこそ私の胸を打った。それは生涯離れない、というのと同義だったからだ。
 私は不安だったのだ。魔の山を下りて現実世界と対峙することが。なんとなく就職や結婚を決めたけれど、社会に出ることや他人と暮らすことが私にできるのか。すごろくの駒を進めるように全てがなんとなく過ぎていこうとしているけれども、本当はとても怖かった。
 けれど、当たり前のように「傍(そば)にいる」と言ってくれる人がいる。それはちょっとした奇跡のように思えた。私は少し泣きそうになったので、慌てて鼻をかんだ。
 私たちは一緒に生活を始めた。今では我が家の冷蔵庫にはもちろん本ではなく、卵やキムチが眠っている。日々の糧を得ることに忙しく、長編小説を読む時間は減ったが、今でも時々あの冷蔵庫を思い出す。その扉を開けると、若くて、将来に怯え、何も持たず、小説を読む時間だけはたっぷりとあった、あの頃の私たちが眠っているのだ。

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