入選作品

読み聞かせの天使

村上裕香(むらかみ・ゆか)・29歳・北海道

「読み聞かせをしてもいいですか?」
 乳幼児健診の待合室で声をかけられた私は、戸惑っていた。膝(ひざ)の上の息子はまだ10か月。これで何人目かな? 次はどんな言葉を残して去るのかな?
「はい。お願いします……」
 ようやく返す言葉が出てきたけれど、私の心は上の空だった。
 小さいころの私は、膝の上で絵本を読んでもらうことが大好きで、いつも本を抱えていた。少し大きくなると、自分より小さい子を見つけては抱っこして読み聞かせをするようにもなった。読んでもらうことも読んであげることも、私にとっては何にも代えがたい、至福の時だった。そして「大人になって私に子どもが生まれたら、毎日読み聞かせをしてあげるんだ!」、そんなことを考えていた。
 ところが、願いかなっていざ自分の子どもと向き合ってみると、戸惑うことばかり。「0歳から本を」の言葉をたよりに意気揚々と始めた読み聞かせも、挫折の連続だっ
た。どんな本を与えてみても、時間や場所を変えてみても、全く聞かない、全く見ない、
私の息子。同じ月齢の子どもが楽しそうに絵本を見ているという話も聞くけれど、0歳
児にはやっぱり早いのかな? 気がつけばどの本も、ただ噛みちぎられていた。これこ
そまさに「本の虫!?」と笑いながらも、なんだかさみしく、情けなかった。
そんなところに、10か月健診とブックスタート運動の案内は届いた。案内には「健診の待ち時間には、ボランティアの方々が読み聞かせをしています」とある(今度こそ、もしかしたら……)。息子が絵本を楽しむ姿を期待して、この待合室へ来たのだった。
「読み聞かせをしてもいいですか?」
 はじめのうち、この一言が本当に嬉しくて、心から感謝をもって「お願いします!」と答えていた。
 読み聞かせに慣れているボランティアの方々は、声を変えたり、息子の顔の向く方に合わせて移動したりと、あの手この手で楽しませようとしてくれる。しかし、何をやっても全く目を向けない息子にしびれを切らして、何人もの方が去って行った。しかもそろって   
「本が好きじゃないのかな」「まだこの子には早いのね」という言葉だけを残して。隣のこの子は真剣に見入っているのに……。むこうのあの子は一緒に声を出して楽しんでいるのに……。うちの子だけは!!
 家の中だけ、私の中だけで抱えていた漠然とした不安や戸惑いは、ここではっきりと、確かな形をもって目の前につき返された。この子と本を楽しく読むことは無理なのか!
さみしく、また、とても心細かった。それは、子どもと絵本を楽しむすべを見失っただけではなく、まわりの誰からも見放されたようで、絶望にも似た気持ちだった。
 そこへ「読み聞かせをしてもいいですか?」のあの声だ。上の空で返事はしたものの、再び繰り返される目の前の光景に、「もうやめて! 私たちをほっといて!!」と心の中で叫びかけた次の瞬間、私は耳を疑った。
「いいんですよ。これでいいの」
 (……えっ……?)
「じっくり見ていなくても、子どもは読んでくれている人のやさしさを感じているのよ。
本はね、読み通すだけがすべてじゃないの。この子の興味の持てるページや絵だけでも、一緒にみているうちに、本が好きになるからね」
 私にそう話しながら、今度はストーリーを離れて、「何が好きかな? ブンブン(車)かな? ほら、ここにのってるね」と、相変わらずろくに見もしない息子のそばにいてくれた。そして、最後には私の心を見抜いていたように、「お母さん、心配しなくて大丈夫。ほら時々でも見てくれるでしょ。この子、本は嫌いじゃないわよ。ゆっくりこの子のペースでね」と、笑顔とあたたかい言葉を残して去って行った。
 あれから五年。来春から小学生になる当の息子は、今では私に負けないほど本の虫。ガリガリかじって破いてばかりの本の虫から、どんな物語の中でも自由に飛び回って楽しむ蝶のような本の虫になった。そして、絵本と人を見つければ、すかさず本を開いて読んであげている。本が好きな、読んでもらうのも読んであげるのも大好きな、私のような子どもになった。
「この子のペースでね」
 あの時にあのタイミングで出会えた、あのボランティアさんは、行きづまった私を救い、大人のペースから息子を救ってくれた、天使のような存在として、今でも私たちの心の支えになっている。