入選作品

私を支えてくれた図書室

宇津田蕗(うづた・ふき)・14歳・広島県

 私が入学した複式学級・木造校舎の小学校は「複式学級の解消」という名目で、4年生を終えた時点で廃校になってしまいました。
「地域から学校がなくなってもいいのだろうか」「私や同級生は、統合先の学校でうまくやっていけるのだろうか」など、何度も家族と話し合いました。しかし、何度話し合っても、「児童たちにとっても地域にとっても学校は存続した方がよい」という結論でした。結局、最後まで反対し続けたのは、私と私の家族だけでした。
 入学してからの最初の2年間は、私にとって学校のみんなが家族のように思えていたのですが、そのみんなとの関係は徐々にぎすぎすしたものになって行きました。「同級生ってなんだろう、そんなにいいものじゃないな」と思うこともありました。「友達と思っていたのに」と裏切られたような気持になったこともあります。残念で悔しくて寂しくてなりませんでした。
 廃校になった後は指定の学校に行かず、小学5年の春に、祖母が暮らす県境の向こうの小学校に転校しました。最初のうちはうまく馴染めるか不安でしたが、同級生と担任の先生が温かく迎え入れてくれたお陰で、そんな思いはいつの間にか消えて行きました。
 しかし、「なぜ廃校になったのか」「複式学級のどこが駄目なのか」「私にも何か出来ることがあったのではないか」などいろいろな思いがよぎり、心穏やかな毎日とは言えませんでした。そして、例えば、もの思いにふけっていて挨拶をし忘れたり、明るく振舞えなかったり、周りのみんなにはちょっと不快な思いをさせたこともあったかもしれません。
 そんなある日、図書室で見つけたのが永井均(ひとし)著『子どものための哲学対話』でした。この本は、「なぜ学校に行くのか?」「人間は何のために生きているのか?」「善いと悪いの区別って何?」などの問いかけから始まります。これまで私が当たり前と思っていたことが、実はそうではないのかもしれない、と気付かされました。読み進んで行く内に廃校になったことで私が抱いていたいろんな思いや疑問の多くがスーと消えていくような気がしました。
 中でも「友だちは必要か?」は私の気持ちを随分と楽にしてくれました。「人間は自分のことをわかってくれる人なんかいなくても生きていけるってことこそが、人間が学ぶべき、なによりたいせつなことなんだ。そして、友情って、本来、友だちなんかいなくても生きていける人たちのあいだにしか、成り立たないものなんじゃないかな?」と書かれているのです。私は、これまで両親から「無理に友達を作る必要はないよ。相手に合わせようとすることは相手にも失礼だからね。いつか心からそうだと思える友だちと出会うから。あせらないで待っておけばいいよ」と言われて来ましたが、その意味もだんだん解るようになりました。友だちと出会うのを待つ必要すらないのかもしれません。私が「友だちなんかいなくても生きていける人」になればよいのですから。
 この本をキッカケに、一つの物事を多方面から眺めることが出来るようになりました。
 また、信千秋(しん・せんしゅう)著『しつけのルール』では、「子守りをしたりされたりする機会の少ない現代では、年下へのいたわりの気持ちや年上への尊敬の念が湧きにくく、それが学級崩壊の原因の一つとなっている。複式学級には子守りをしたりされたりの効果を期待できる」と述べられています。全国には、実際に単式学級をわざわざ複式に変えた学校もあるそうです。小規模でも素晴らしい教育がなされている学校が沢山あることも知りました。
 そして、その後に出会ったジョアン・リンガード著『わたしたちの学校をなくさないで』では、今となっては手遅れですが、小学生の私にも出来る事があった、と気付かされ、「廃校を止めたい人達にも伝えたい」という希望が湧いて来ました。
 今なら自信を持って言えます。「スモール・イズ・ビューティフル。複式学級は駄目じゃない!」と。
 多くの本に助けられ、当時の怒りや喪失感は徐々に薄らいで来ています。母校の廃校は「私の成長に必ずしもマイナスばかりではなかった」とさえ思えるようになりました。
 卒業まで半年です。図書室には未だに触れたこともない本が沢山あります。「このままではもったいない!」今の私の目標は、卒業までに、図書室にあるすべての本の、せめて目次だけでも目を通しておくことです。
 勉強や部活で行き詰った時、友達とうまくいかなくなった時、先生や仲間からの助言でもうまくいかない時は、図書室を覗(のぞ)いてみるのも一つの方法だと思います。何か解決の糸口が見つかるかもしれません。
 これまで私を支えてくれた図書室には感謝の気持ちでいっぱいです。