入選作品

わたしたちの自転車旅行

恩田茂夫・48歳・東京都

 当時、小学四年生だった娘が図書館で探してきて、一生懸命にそして楽しそうに読んでいた本。元々、読書好きだったが、そのとき娘が読んでいた本のタイトルを見た私の目は、嬉しくて涙で滲んだ。
 本のタイトルは『父と娘の日本横断300km・自転車の旅』・・・・・

 私達父娘もほんの数日前、初めての自転車旅行から帰ってきたばかりだった。
 父娘で自転車旅行にチャレンジしたのには、ハイキングやキャンプなどのアウトドアが好きだった他に理由があった。娘が小学校でいじめにあって不登校になり、一年ほど経っていたのだ。普段の生活はホームスクーリングで頑張っていたが、自信や元気を失いかけてもいた。何らかの形で力を取り戻させ、そして達成感を味あわせたい、そんな気持ちを抱いていた。
 八月の初旬、私達父娘は東京から輪行、富山県・氷見に下り立った。そこから一週間かけて自転車で能登半島一周、金沢まで巡った。青い空、青い海、ヒグラシの声に包まれた絶景、しかしアップダウンの激しい道のり。ペダルをこげなくなると体よりも大きな自転車を歯を食いしばって押して坂を上ってきた。真っ黒に日焼けしてそれでも頬を真っ赤にして頑張った。暗くなって街灯もない道のりでは怖がってベソをかいたこともあった。曲がりくねった道では前を行く私の背中が見えなくなり不安になったこともあっただろう。キャンプ場に着いて休む間もなく火をおこし、飯盒でご飯を炊かなければならないときもあった。たくさんの人に出会い、励まされた。

 ゴールして達成感はあっただろう。しかし、体力もさほどなく、運動も得意な方ではない娘にとって苦しすぎたのではないか、とも思っていた。そんなときに、娘が自分で探し出して、目を輝かせて嬉しそうに読んでいた本。
 達成感とともに、自分のやってきたことへの誇り、自己肯定感のようなものを持ってくれたのだと感じられて、本当に嬉しかった。
 他人と比べる必要などない。でも、「お父さん、私達は何キロ走ったの?」ときいてくる娘に、「三百六十キロだよ」と応えると嬉しそうな表情。「この本の女の子は六年生だけど、四年生で走っちゃったね」と話すとまた嬉しそうに・・・・
 読み入っているときの顔も、“うん、あるある、こういうことあるよね”とか“きつそうだな、頑張って”とか“そうだよね、お父さんって勝手だよね”等々、いろいろな表情をしていた。

 翌年の夏は、娘の方から、「お父さん、今年の夏はどこを走るの?」と言ってきた。

 私達父娘はその後も毎年夏、自転車旅行を続けている。
 娘は小学校は不登校のまま卒業したが、受験して入った中学校に今は毎日通っている。ホームスクーリングで頑張ってそこまで辿り着けたのは、旅先で出会ってその後も励ましてくれた人たちのおかげ、自転車旅行で培われた“頑張れる”というアイデンティティーのおかげだと思っている。
 そして、一回目の自転車旅行を終えて、二回目以降も続けていけたのは、『父と娘の日本横断300km・自転車の旅』という山口理さんの本に、娘が巡り会えたおかげだと思っている。
 本当に嬉しかった。
 ありがとう。