入選作品

つづき

藤田徹郎・48歳・新潟県

 母が認知症になった。八十三歳という高齢だったので、多少は覚悟していたものの、改めて診断がくだると、息子の私としては、ショックだった。教師を退職してから、俳句の会、童話の会などに所属して、多くの趣味に第二の人生を充実させていただけに、なおさらの事だった。本人、そして家族のために、介護老人ホームに入所させた。
 妻と一緒に、母のいなくなった部屋を整理していると、机の中から原稿用紙が出てきた。そこには「小さな国の大きな木」といった題名の童話が書かれていた。始まりは……
 昔、だれも知らないくらい小さな国の中心に、小さな公園がありました。小さな公園の中心に、大きな大きな木がたっていました。もう何百年も、その大きな木は、国中を見守っていました。
 小さな国の王様は、自分のお城を国の中心につくろうと思いました。それには、小さな公園と大きな木がじゃまでした。王様は、春になったら、大きな木を切ってしまおうと、考えました。春になりました。王様と木こりは、木を切りに公園にやってきました。ところが…。
 といったところで、文章は終わっていました。
 私が思うに、母はこの作品をどこかに公募か、発表をしたかったのだろうと思いました。

 私は、この作品のつづきを書く決心をしました。母の童話のコンセプト、そして何よりも、母の性格を私が、一番良く知っているからです。何パターンも考えて、そして何回も書き直して、童話らしきものを、完成させ、母の所属していた童話の会に、提出しました。会長は、大変喜んで、一生懸命その場で読んでくれました。私のつくった拙(つたな)い文を…。
 ところが、大きな木には、たくさんの鳥たちが、大きな木の枝にとまっていました。冬の旅のつかれを、いやしているようでした。
 「今、この大きな木を切ってしまうと、鳥たちにつつかれてしまう。夏になったら切りにこよう」
 といって、木こりと一緒に帰っていきました。夏になりました。王様と木こりは、木を切りに公園にやってきました。ところが、大きな木には、国中の子供たちが、木に登って遊んでいたり、木によりかかって本を読んでいたり、こかげで昼寝をしたりしていました。
「今、この大きな木を切ってしまうと、国中の子供たちを悲しませてしまう。秋になったら切りにこよう」
 といって、木こりと一緒に帰っていきました。秋になりました。王様と木こりは、木を切りに公園にやってきました。ところが、大きな木には、たくさんの動物たちが、木になっている実を、食べていたり、かれ葉や、かれ枝を集め、冬眠の準備をしたりしていました。
 「今、この大きな木を切ってしまうと、動物たちにかみつかれてしまう。冬になったら切りにこよう」といって、木こりと一緒に帰っていきました。冬になりました。王様と木こりは、木を切りに公園にやってきました。ところが、大きな木には、雪がつもり、たくさんの家族が、集まり、世間話をしていました。そして、そのまわりで、子供たちが、雪合戦をしたり、ソリ遊びをしたり、雪だるまをつくったり、楽しそうに遊んでいました。
 「今、この大きな木を切ってしまうと、あの家族たちの、楽しみを奪ってしまう」
 「春は鳥たちが、夏は子供たちが、秋は動物たちが、冬は家族たちが、あの大きな木を、必要としている。私はあの大きな木を切る事をやめる」
 といって帰っていきました。春になりました。大きな木にはたくさんの鳥たちがとまっています。大きな木はその鳥たちを、うれしそうに見守っています。これから先も、何年いや、何十年と変わる事なく、大きな木は、自分のまわりに、集まってくるものたちを、見守っていく事でしょう。国に住む、人々の笑い声と一緒に。(終)

 母が、この物語を、どう表現しようとしていたかは、今となっては誰もわかりません。しかし、私の知ってる母ならば、きっとこんな結末にすると、確信しています。誰にでも優しく接して、そのくせ、自分ばかり傷ついて、そんな母ならきっと…。
 優しい春風の吹く四月、母は何も知らず、車イスに乗って、老人ホームの窓から、笑顔で花畑の花を見ていました。