入選作品

本が友達でもいいよね?

若窪美恵・51歳・福岡県

「本が友達でもいいよね?」
 娘からそう聞かれたとき、私は、「ああ、レイちゃんには、友達がいないんだ・・・」と思い、なんとも切なくなりました。それは二年前の、娘が中学二年の一学期半ばのことでした。
 私は、本が友達だという娘の孤独な学校生活を思うと、心が押しつぶされそうでしたが、
「もちろん、本が友達でもいいよ。だいじょうぶ、いつか必ず、友達はできるから。無理
して合わせなくてもいいのよ」と答えました。
 本当は、人に傷つけられてもやはり、人は人を求めて、人に癒されるものなんだよ……
と言いたかったのですが、それは自分自身の体験の中で学ぶしかありません。
 それからじょじょに娘は、学校を休みがちになりました。休む理由は、朝起きるには起きるのですが、頭が痛いとか、お腹が痛いとか、いろいろでした。私は 夫にも相談し、学校に行けないなら仕方がないので、しばらく様子を見ることにしました。
 しかし、一日行っては休むという調子で、改善しそうにはありませんでした。
 娘には内緒で、友達がいないようだと担任の先生にも相談しましたが、クラスではイジメなどの理由は見当たらないからと、暗に娘のわがままからのずる休みのように言われました。
 その後、学校に行く日のほうが少なくなり、朝も起きてこようとせず、生活も不規則になり、ほぼ一年近く不登校を決め込みました。とにかく、進級できる出 席日数だけは学校に行ってくれと、怒ったりなじったり懇願したりしました。夫と娘と三人でもいろいろ話しました。
 不登校の原因の本当のところはわかりません。聞いても、娘はうやむやにしか答えてくれませんでしたから。
 でも、最後には、私も夫も、娘のことを信じ、娘は娘で自分の信じる道を進むことが一番だという結論に達しました。
 それからの娘は、精力的に本を読んでいました。読みさしの本を見ては、私も「お母さ
んもレイちゃんぐらいの時に読んだよ。でも、内容、すっかり忘れたわ。どんなんだったかなあ?」とか、「ああ、それ、主人公の運命って、皮肉なほど悪いほ うに悪いほうに転がるよね。でも、そのたびに這い上がって、運命を変えてしまう。すごいよね」などと、感想を言いました。娘も「おもしろかった」とか「教 訓的だった」など、簡単でしたが、感想を言うようになりました。
 そのうちに、家にある本では物足りなくなり、図書館に行くようになったのは、結果的に外へ踏み出す第一歩になったと思います。
 その頃の娘が、何を探ろうとし、何を求めていたのか、私にはわかりませんでしたが、自分なりに模索して出口を見つけ、学校にも行けるようになった時は、 嬉しくて一晩中泣きました。不登校の日々に娘が読んだ、おびただしい数の本の中に前向きに生きる回答があったのかもしれません。私はそんな本達に「娘に力 をくれて感謝します。ありがとう」
と心の中で手を合わせました。
 そして今、中学校を無事卒業し、高校にも元気で通っている娘を誇らしく思うと共に、
すばらしい成長だなと感じています。これも、中学時代、孤独な娘の友達としてずっと寄り添い、味方になってくれた本のおかげでしょう。
 高校三年の夏休みも終わり、いよいよ進路決定という時期に、娘は、高校の先生から「受けても無駄だ」と言われた難しい学部をたった一つだけ受験すると言い出しました。私はびっくりしました。
 でも、娘の意思は固く、大学の願書も自分で取り寄せ、センター入試の振り込みも自分でしました。そうやって自分の道を自分で切り拓いて行こうとする娘が 頼もしく、あの時の自分探しは無駄じゃなかったのだと、とても嬉しく思いました。また、あの時期、同じ本を読んだり、感想を言い合ったりした私と娘の本を 介しての交流は、私の一生の宝物です。
 娘が言うように、「入試はそう甘くはないので、浪人する覚悟」というのもちゃんと受け止め、応援するつもりです。
 きっと、だいじょうぶだと信じています。なぜなら、「本が友達でもいいよね?」と言った時から、娘は孤独と親しみ、自分を認めることができ、本という強い味方ができたのですから。
 そして、近い将来、娘にとって、本が友達と言うだけでなく、かけがえのない人との友情や愛情が生まれると信じています。